福岡地方裁判所 昭和45年(つ)1号 決定 1971年3月17日
請求者 諫山博 外一四名
決 定
(請求者氏名略)
右請求者らから、安田道直、岩本幸利、猪口民雄、遠藤寛、渡辺悟朗を被疑者とする刑事訴訟法二六二条に基づく付審判請求事件について、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件請求を棄却する。
理由
(本件請求の要旨)
一、本件請求者らは、昭和四四年五月六日、福岡高等検察庁に対し、前記被疑者安田道直外四名を次の犯罪事実について告発した。即ち同年四月三〇日当時、被疑者安田道直は福岡地方検察庁検事正で同庁の庁務を掌理しかつ同庁の職員を指揮、監督するもの、同岩本幸利は同庁次席検事で右検事正を補佐するもの、同猪口民雄は同庁公安部長検事、同遠藤寛、同渡辺悟朗は同庁に所属する検察官検事で、いずれも検察官の職務を行なうものであるところ、右同日午後一時ごろ、福岡警察署より木下弘一郎、木村善次ら両名の公務執行妨害、傷害、道路交通法違反被疑事件の送致を受けるや、被疑者らは、被疑者猪口民雄公安部長を責任者とし、同遠藤寛、同渡辺悟朗を担当検事として捜査に臨み、被疑者遠藤寛は同年五月一日午前一一時五〇分ごろ福岡地方裁判所に右両名の勾留請求をしたが、同裁判所裁判官白井博文は同日午後六時三〇分ごろ右請求をいずれも却下し、右命令は同日午後六時三五分ごろ同裁判所から被疑者遠藤寛、同渡辺悟朗に通知された。したがって被疑者らは直ちに右両名の拘禁を解いてこれを釈放すべき職務上の義務があり、かつこのことを十分知つておりながら、被疑者ら全員は共謀のうえ、右両名を準抗告および執行停止の申立に対する結論がでるまで不法に拘禁することを企て、同日午後八時四〇分ごろ福岡地方裁判所に準抗告および執行停止の申立をなし、同裁判所が準抗告を棄却した後の同日午後一一時五五分ごろまで約五時間余にわたり、その職権を濫用し、なんら拘禁を続ける権限がないのに違法に監禁し続けたもので、右事実は刑法一九四条(特別公務員職権濫用罪)に該当する。
二 ところが右被疑者ら五名に対する右事件の捜査に当たつた福岡高等検察庁検事樺島昭は、昭和四五年七月一〇日付で右被疑者ら全員を不起訴処分に付し、請求者らは同月一二日その旨の通知を受けたが、右処分には不服であるので、刑事訴訟法二六二条により右事件を裁判所の審判に付されたく本請求に及んだものである。
(当裁判所の判断)
一、本件記録によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 被疑者安田道直、同岩本幸利、同猪口民雄、同遠藤寛、同渡辺悟朗は、昭和四四年四月三〇日当時本件請求者らの主張のとおりの公務員で、それぞれ検察官の職務を行なうものであつたこと。
(2) 木下弘一郎、木村善次の両名は、昭和四四年四月二八日公務執行妨害、傷害、道路交通法違反の嫌疑で逮捕されたところ、被疑者渡辺悟朗は同年五月一日両名を右被疑事件について勾留請求をしたが、昭和四四年五月一日午後六時三五分ごろ、福岡地方裁判所からこの勾留請求はいずれも却下する旨の電話連絡を受け、同日午後六時五〇分ごろ右裁判書の送達および一件記録の返戻を受けたこと。
(3) 被疑者渡辺悟朗、同遠藤寛の両名は、直ちに勾留請求却下の理由及び準抗告申立の要旨について検討し、被疑者猪口民雄の指揮を受けて、同日午後七時一〇分ごろ福岡地方裁判所に対し、準抗告および執行停止の申立に及ぶ予定である旨電話連絡するとともにその申立の手続履践に着手し、同日午後八時四〇分ごろ同裁判所に対して前記各勾留請求却下の裁判に対する準抗告および該裁判の執行停止の申立書をそれぞれ提出したこと。
(4) 同日午後一一時二〇分ごろ福岡地方裁判所から、右各準抗告の申立は棄却する旨の電話連絡を受け被疑者渡辺悟朗、同遠藤寛の両名は、直ちに前記木下、木村の両名につき釈放通知書を作成し、同一一時三五分ごろこれを福岡警察署に交付し、その結果同一一時五〇分ごろ、右両名は同署より釈放されるに至つたこと。
二、右事実によれば、右木下、木村の両名は、勾留請求却下の裁判を受けたに拘らず、その後ほぼ五時間にわたり拘禁されたことが明らかである。
三、そこで、以下右木下、木村両名に対する勾留請求却下後のほぼ五時間にわたる前記拘禁継続の適否につき判断する。
おもうに被疑者に対する勾留請求却下の裁判に対し、検察官において準抗告の申立をなしうるものであることは、刑事訴訟法(以下、刑訴法という。)四二九条一項二号によつて明らかであるが、勾留請求却下の裁判のあつた後においてなお被疑者の拘禁しうるとする明確にして疑念をさしはさむ余地のない根拠規定がないものであることは、本件請求人ら主張のとおりである。刑訴法の諸規定が、被疑者に対する勾留の請求に関し検察官に厳格な時間的制限を課している反面、勾留請求却下の裁判のあつた後における被疑者の身柄の処置に関しては、同法二〇七条二項において単に「直ちに被疑者の釈放」がなされるべきものである旨規定するのみで、この裁判に対する準抗告の申立があつた際の被疑者の身柄の処置に関する明文の規定を欠いていることなどに徴すれば、「勾留請求後の被疑者の拘禁は、裁判官が勾留請求に対する審査判断を下すために認められた暫定的なものに過ぎず、したがつて、勾留状が発せられたときは、以後この勾留状による拘禁が新たに開始され、一方、勾留請求却下の裁判がなされたときは、もはや被疑者を拘禁しておく根拠は完全に消滅し、検察官において直ちに被疑者を釈放すべき責務を負うに至る。」とする説も十分傾聴に値するものといわざるをえない。
しかしながら、飜つて考えるに、被疑者に対する勾留請求却下の裁判に対し準抗告の申立をなすことが許される以上、刑訴法四三二条により準抗告に準用される同法四二四条により勾留請求却下の裁判の執行を停止することができるものと解するのが相当である。なぜならば、勾留請求却下の裁判につきその執行を停止することができないものとすれば、現に逃亡のおそれないし証拠隠滅のおそれのある被疑者について勾留請求が却下されたときは、これによつて直ちに被疑者が釈放されてしまい、その後において、準抗告によりこの勾留請求却下の裁判の取消をえたとしても、もはや被疑者の逃亡あるいは被疑者による証拠隠滅行為を防止しえざる事態に立ち至り、つまるところは、勾留請求却下の裁判に対し準抗告の申立を許した法の趣旨を全うしえないことも起りうるからである。しかして、勾留請求却下の裁判に対し、準抗告の申立に伴い執行の停止をなしうるものと解する限り、その法の趣旨に照らし、刑訴法二〇七条二項の規定に拘らず、準抗告の申立を行うため必要と考えられる合理的時間内、および、準抗告の申立をした後においては、さらに、準抗告裁判所において勾留請求却下の裁判の執行停止を行うか否かに関し判断を示すために要すると考えられる合理的時間内は、検察官において適法に被疑者の拘禁を継続しうるものと解せざるをえない。
四、被疑者渡辺悟朗および同遠藤寛は、前記の木下、木村の両名に対する勾留請求につき却下の裁判がなされた旨告知されてから約二時間後にこれに対する準抗告および該裁判の執行停止の申立をなし、また、準抗告裁判所はこの申立のなされた約二時間四〇分後に準抗告の申立を棄却する旨決定し、その後直ちに前記木下、木村の両名について釈放の手続が取られ、拘禁を解かれるに至つたものであることは、さきに認定したとおりであるから、検察官において適法に被疑者の拘禁を継続しうる合理的時間内にあつたものであること明らかである。
五、してみれば以上のとおり、被疑者渡辺悟朗および同遠藤寛において、前記木下、木村の両名について、勾留請求却下の裁判があつた後約五時間にわたりその拘禁を継続した措置になんら違法の点は認められないのであるから、その余の点につき判断するまでもなく、右被疑者両名の前記木下、木村の両名を拘禁した行為が刑法一九四条にいわゆる職権を濫用して人を逮捕、監禁する所為に該当せず、罪とならないものであること明らかであり、また、これを直接に指揮した被疑者猪口民雄はもとよりこれを指揮監督すべき地位にあつた被疑者安田道直、同岩本幸利の両名においてもこれにつき刑事責任を問われるべきいわれは全くないので、結局本件各被疑者につき「罪とならない」ものとして本件を不起訴処分に付した検察官の措置は相当であり、本件請求は理由がない。
よつて刑事訴訟法二六六条一号により本件請求を棄却することとし、主文のとおり決定する。